岡崎凛のjazz CD Review

岡崎凛のJass CD Review  岡崎凛(文) 2011.12.10

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クリプシドラ(Clepsydra) /クリプシドラ
井上淑彦(ts,ss)仙道さおり(perc) 林正樹(p) 佐藤芳明 (accordion)

井上淑彦率いるこのグループを初めて聴いたのは2006年の横濱ジャズプロムナー
ドだった。それまでは井上さんといえば彼のバンドのFuseしか思い浮かばなかっ
たが、Fuseとかなり路線の違うこのバンドに聴き始めてすぐ夢中になった。その
後大阪で聴いたライヴの感想がこれ↓
http://ring-rie-okazaki.seesaa.net/article/33554941.html

CDが出るまでにだいぶかかった。でも待った甲斐はあった。
とにかく楽しいのがこのバンドのいいところ。4年後のライヴでもそれは変わら
なかった。洗練されたジャズの要素もあるのだけど、町の広場にやってくる楽隊
のようなマーチも、掛け合い漫才みたいなユーモラスなアドリブ合戦もあり、リ
スナーもプレイヤーも笑顔になれるジャズ。そしてそれがサービスなんかじゃな
い。
ところどころ、ヨーロッパの民謡や80年代の心地よいフュージョンを思い出す。
アレンジの面白さ、凝った曲の展開で楽しませてくれる。そしてプレイヤーの技
術は言うまでもない。
Fuseでの井上淑彦のリリシズムにここでも出会える。そしてラスト曲はやはり
「ずっと…」だった。
(2011年11月)

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宮沢昭/いわな
宮沢昭(ts), 佐藤允彦(p), 荒川康男(b), 富樫雅彦(ds), 瀬上養之助(perc)

あるホームページのBBSで話題になっていたのを読み、面白そうだと思って買った
アルバム。聴いてみると、面白そう、どころではなかった。自分は宮沢昭という
サックス奏者も知らなかったし、69年頃の富樫雅彦がどんなドラムを叩いていた
のかも知らなかった。佐藤允彦のピアノも瑞々しい。荒川康男のベースを聴くのは
初めてだ。「いわな」というアルバムタイトルからこんな密度の濃い作品を予想
していなかった。60年代のコルトレーン、W.ショーターの作品の彼方にあるもの
を見据えたような演奏。
宮沢昭はつり好きで有名だったらしい。それで曲名が魚の名前になっているらし
い。だが曲名がどうであれ、自分にはこのアルバムを聴いて川面の光や魚たちが
想起されることはない。演奏が佳境に入ればそんなことは忘れてしまう。ただ、
時代の一部が強烈な光を放ちながら蘇る気がする。
富樫雅彦のソロパートにはただ圧倒される。彼のドラムスタイルは自由だという
が、この演奏は異常なまでの厳格さと鍛錬の賜物だろう。いい演奏はみんなそう
だが、暴走と逸脱のもたらす奇異な美しさを生み出しながら、それをまとめ上げ
る力がある。彼のソロはリスナーを置き去りにすることも、凡庸な一体感を与え
ることもない。疾走が残す掻き傷が模様となって脳内で渦巻き、しだいに静止に
向かい、宮沢のサックスが唸った。

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早坂紗知Minga /Minga
早坂紗知(as,ss), 永田利樹 (b), 鬼怒無月 (g), ヤヒロトモヒロ (perc), 大儀
見元 (perc), ワガン・ンジャエ・ローズ (perc), おおたか静流 (vo).

2006年横濱ジャズプロムナードでMingaを聴いたときに買ったアルバム。パーカッ
ションをはじめ、音の仕上げが素晴らしい。早坂紗知のサックスがパーカッショ
ンをバックにのたくるように暴れる3曲目、アブストラクトな世界からじわじわ
と表情が現われる構成の4曲目など、ただ音の響きを愛でるに終わらせない丁寧
な構成がある。このようなパーカッション主体のバンドでは、ときにラフスケッ
チのようなものだけを提示してプレイヤーの即興を引き出すのだろうか、などと
考えた。
ライヴでの早坂紗知を見ていて、何となくだが、大勢のメンバーのリーダーとし
て要領よく指示が出せそうな女性だという感じがした。統率力と言えば大げさに
なるが、そういう能力があるように思えた。ライヴに行ってそんなことを考える
のは初めてだ。この時の彼女のプレイはアンサンブルの一部として輝くことを最
優先している気がした。それはプレイヤーとして当たり前のことだろうか? 自
分にはそうは思えない。自分の個人芸の表出に拘泥しないプレイヤーがいたら、
そのほうが不自然だ。だが彼女は、全般にはチームプレイ全体を成功させること
に夢中になっている気がした。彼女は常にバンドリーダーとして全てのプレイヤー
から伸びやかな即興が生まれる生育環境を整えているようだった。
Mingaの演奏はBGMとしてぼんやりと聴くのには不向きかもしれない。だが、聴き
こめば湧き出るようなさまざまな音が耳から肌へと伝わっていく。パーカッショ
ンの細かく複雑なリズムにサックスの太い音が切り込み、常にコントラストが意
識されているのが分かる。ベーシストの永田利樹はこのグループの屋台骨みたい
な人、とライヴの時に思い、その印象はCDを聴いてますます深まった。鬼怒無月
は最近のMingaには参加していないようだが、6曲目のソロは素晴らしい。最後の
曲ではさまざまな色がふんわりと浮かび上がるような演奏だった。
(2011年11月)



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西山瞳(piano)&井上淑彦(ts,ss)ライヴと西山瞳トリオCD「Many Seasons」

2009年6月28日、京都の三条木屋町通に近い、ライブスポット・ラグで井上淑彦
(サックス)と西山瞳(ピアノ)のデュオ・ライブを聴いた。井上さんについて
はすでに何度か紹介したので、ここでは西山瞳をメインに感想を書こうと思う。
熱心な井上淑彦ファンである主催者のお蔭でこれまでいろんなピアニストと彼と
の共演を聴き、井上オリジナル曲の変化を楽しんできた。レギュラーグループ
Fuseの田中信正はもちろん、林正樹とのデュオ、一曲だけだが石井彰とデュオを
聴いた。どの演奏も素晴らしかったが、今回のライヴもこれまでの演奏に勝ると
も劣らないものだった。そして西山瞳のオリジナル曲での演奏には、これまでと
違う味わいがあった。
彼女はスピード感で追い立てるタイプのピアニストではないのかもしれない。あ
まり奇策をかけるタイプの人でもないようだ。しかし彼女は、破綻を恐れること
なく自分の加えたいディテールを余すことなく演奏に盛り込んでいた。安易に歯
切れのよさを求めず、納得がいく音選びを何よりも優先していたように思う。
こう書いているとややかったるい演奏を想像されてしまうかもしれないが、実際
の演奏は迫力に溢れ、ときに繊細で優美なものだ。優美といっても、Fuseでの田
中信正の優美さとは違っていた。自分の体験上どうしても比べてしまうのだが、
彼を初めて演奏を聴いたとき、指先から泡に包まれた小宇宙がいくつも浮かび上
がるような気がした。一方西山瞳のピアノを聴いていて頭に浮かんだのは、ジャ
ンプしたダンサーの踵が床に着く瞬間である。鍛えられた足がしなやかに着地し、
足全体が優雅な表情を見せるときを想像した。繊細な変化が積み重なり、心の同
じ場所に刻まれ、演奏に引き込まれていく。
ライヴ中のMCで、以前ゴスペルグループの伴奏をした経験があり、その蓄積が今
の自分に役だっていると聞き、なるほどと思った。ピアノとコーラスがせめぎ合
いを繰り返し、盛り上るステージが想像できた。そんなときでも彼女は、妥協な
い勝負をしていたことだろう。

西山瞳のアルバム「Many Seasons」はこの時買った。ライヴでの細やかな音選び
がここでも蘇る。どこまでも細分化される音を見事にまとめ上げる1曲目Flood、
めりはりのある曲調に自在な変化を盛り込む4曲目ALをはじめ、彼女のオリジナ
ル曲が多い。8のWaltzは武満徹の曲で、重厚な雰囲気が彼女にぴったりだ。最後
のInnertripは彼女の曲で、タイトル通り内省的だが、展開は優雅そのもの。彼女
の演奏についてはライヴ評とほぼ同じことを書きそうなので割愛する。ベーシス
トとドラムのサポートも素晴らしい。(Hans Backenroth [b] Anders
Kjellberg [ds])
[追記]
上記の感想は2007年にブログで書いた文章を書き直しました。その後西山瞳の活
躍はめざましく、アルバムも続々出ていることを書き添えておきます。(2011年
11月)