このアルバム、この1曲/浦島五月 vol.8

このアルバム、この1曲  浦島五月(文) 2010.5.21

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アーチー・シェップ  Time After Time

 「本物はアーチー・シェップとアルバート・アイラー」、と言ったのは油井正
一氏だったろうか。ニセモノ探しは必要ないが、これを本物と呼ぶのかと思う。
“ワン・フォー・トレーン”“ポエム・フォー・マルコム”“アッティカ・ブル
ース”の時代から宗派替したという印象はなく、気迫と抒情を備えた彼の濃密な
世界は何も変わっていない。ロック・フュージョン全盛でマイルス・デイビスが
エレクトリックになってもフリーでありファンキーであり続けたシェップは自己
の世界を拡げたようだ。岡林信康が演歌を歌うのは例えにならないだろうが…。

 もう聴き飽きたと言いたくなるほどに、バラードばかりのヴィーナス・レコー
ドからの「ブルー・バラード」「トゥルー・バラード」「トゥルー・ブルー」バ
ラード三部作に、更にプラス「デジャ・ヴ(フレンチ・バラッド)」とあるうちの
シェップ第三作目のワン・ホーン・アルバム。ここでは渋く小気味よいジョン・
ヒックス(p)・ボヘミア生まれの親日巨匠ジョージ・ムラツ(b)・リニー・ロ
スネスをドラモンズにしたビリー・ドラモンド(ds)のバックが、シェップのテ
ナーサックスとボーカルを控えめに盛りたてる。この「トゥルー・ブルー」には
ジョン・コルトレーンの “Lonnie’s Lament”“Blue Train”も収められてい
て、シェップをインパルスに引き込んだトレーンのアルバム「バラード」も聴き
たくなる。実はトレーンの曲ではないが、“Everytime We Say Goodbye”“Time
After Time”“All Or Nothing At All”“I Want To Talk About You”も含め
ると、アルバム9曲中6曲はトレーンがレコーデ
ィングしたことのある曲なのだ。
True Blue / Archie Shepp

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ロバート・ジョンソン / Hellhound on My Trail

 もしかしたら、カリフォルニアのどこかにシカゴという名の街があったのかも
しれない。シカゴという地名はネイティブインディアンの言葉に由来しているの
だから。でも、「昔と変わらぬ懐かしの故郷シカゴへ(to the old place, sweet
home Chicago)」と、後世の詞は「カリフォルニアへ戻り懐かしの故郷シカゴへ
(back to the land of California, to my sweet home Chicago)」から変えて歌
われている。何故なら、ミシシッピに生まれたロバート・ジョンソンはシカゴに
もロサンゼルスにも行ったことがなく、カリフォルニアは遥か遠く理想郷の象徴
であり実在ではないとの考えからのようだ。

 夏の真夜中の十字路でギターの上達と引き換えに自分の魂を悪魔に売ることを
契約し、その日から地獄の番犬に追われて命を奪われたというロバート・ジョン
ソンはその生涯に29曲42テイクをレコーディングしている。最初の吹き込み
は1936年にテキサス州サンアントニオのガンターホテルのスイートルームで
行われ、二度目の録音は1937年にダラスで行われた。最初のうちは顔写真が
見つからなかったようで、イラストでジャケットを飾ったLPが2枚に分かれて
だされていた。その一枚の絵が彼の音楽の始まりとなったクロスロードで、もう
一枚がホテルのスイートルームで壁に向かって歌うイラストになっている。

  エリック・クラプトンによる“Me and Mr. Johnson”というイラストジャケ
ットのカバーアルバムがあって、そこには“Sweet home Chicago”も“Cross
Roads”も入れていないのが面白い。
King of the Delta Blues/Robert Johnson

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オスカー・ペティフォード / I Remember Clifford

たまに同じアルバムを買ってしまうことがある。これはジャケットが変わってい
たので気が付かなかった。古いLPのジャケットは階段でオスカー・ペティフォ
ードがベースを抱えている写真で、ハードバップらしからぬ落ち着いた雰囲気が
漂っている。CDは同じようなバンド編成のアルバムをカップリングしてデザイ
ン的な写真に変えたたようだ。こちらの方が似合う。

アート・ファーマー(tp)、ケニー・ドーハム(tp)、ベニー・ゴルソン(ts)
、ジジ・ ジジ・グライス(as)、トミー・フラナガン(p)など、タイトルどお
りハードバップのオールスター・ビッグ・バンドとしてメンバーの名前がぞろぞ
ろと並び、ジャケットもそれらしくモンタージュされている。ハイヒールの足が
写っているのはハープ奏者だろうか。ジミー・ブラントン、オスカー・ペティフ
ォード、ポール・チェンバースと連なる正統派ジャズベーシストのフォービート
を聴いていると多少の退屈さを感じながら不思議な安心感に包まれる。このアル
バムの最後にはボーナストラックとして“クリフォード”のライブバージョンが
入っていた。
Complete Big Band Studio Recordings / Oscar Pettiford

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ダイナ・ワシントン / Me and My Gin

 もう浅川マキを聴くことはできないが、ダイナ・ワシントンの歌うベッシー・
スミスに引き連れられてジャニス・ジョプリンも浅川マキも甦ったかのようだ。
まぼろしのような彼女たちはジンの香りを漂わせながらいつもいい“男たち”を
従えている。ここではダイナにぶん殴られたというマックス・ローチ、どこまで
もファンキーなウィントン・ケリー、他の歌ものでも際立つクリフォード・ブラ
ウン、そしてクラーク・テリー、ジュニア・マンス、メイナード・ファーガスン、
どれも超一流をサイドにうねるようなスイング感に呑み込まれてしまう。ダイナ
・ワシントンによるベッシー・スミスのカバー集として制作されたこのアルバム
のCD盤には58年ニューポートでのライブバージョン“Send Me to the ‘
Lectric Chair”“Me and My Gin”“Back Water Blues”も含まれていて、何度
も繰り返し聴いて飽きることがない。ブラウニーにとってサラ・ボーンそしてヘ
レン・メリルと合わせて女性ヴォーカル三部作ともいえる “ダイナ・ジャム”
の吹き込みもスタジオ・ライブというスタイルでどこかやんちゃくさいダイナの
乗りまくった雰囲気が伝わる。どちらもアルコールとヤセ薬にヤられる前の録音
だ。
Dinah Sings Bessie Smith / Dinah Washington