このアルバム、この1曲/浦島五月 vol.7

このアルバム、この1曲  浦島五月(文)

ファッツ・ナバロ.jpg

ファッツ・ナバロ / グッド・ベイト

クリフォード・ブラウンのライブかと、知らずに聴いていた。シート下に転がっ
ていたテープはノイズの多いカセットだが走行中の社内ではハイノートが通る。
実はビバップ。第二世代というべきか、ファッツ・ナバロ(tp)とタッド・ダメ
ロン(p)の双頭バンド。ソニー・ロリンズやフィリー・ジョー・ジョーンズは加
わっていない。詳細不明ながらロイヤル・ルースト48年のライブをLPレコード
からコピーした自作の骨董モノと思われる。ノイジーな録音から躍り出てブラウ
ニーのプロトタイプの如くナバロのトランペットは歌心よく豊かで明るい。夭折
の天才と称されるナバロでありブラウニーだが、その先にもう一人フレディ・ウ
ェブスターという伝説的トランペッターがいる。若きマイルスがコピーするほど
影響を受けた人で、そのバンドのピアニストを務めたのがタッド・ダメロンだっ
た。そして、ダメロンはトランペッター起用のツボを心得ていたようで、彼をモ
デルにナバロやブラウニーを仕込んだのだった。作曲・編曲に長けたダメロンは
パーカーに出会う前から既にGood Baitなど代表作を仕上げてロイヤルルースト
に臨みこの録音が残されている。ナバロとダメロンの録音は多くないが、実はよ
く知られているブルーノート盤で「ファビュラス・ファッツ・ナバロ」のジャケ
ット写真は左手がピストンに懸かっていて裏焼きになっている。
with the Tadd Dameron Band / Fats Navarro

ジミー・スミス;サーモン!.jpg

ジミー・スミス / サーモン

祭壇のような威容をしたパイプオルガンの吐き出す音が体に伝わったとき、地響
きが天空まで届いたかと思うほど圧倒された。この宗教的な雰囲気を携えたオル
ガンは、ジミー・スミスが使ったのはハモンドオルガンといわれるが、やはりギ
ターとの相性がいい。オルガン奏者は足でベースラインも受け持つのでギターと
ドラムのトリオ編成を中核としたジミー・スミス(org)は、ここではケニー・バ
レル(g)、アート・ブレイキー(ds)にリー・モーガン(tp)、ルー・ドナルドソン
(as)、ティナ・ブルックス(ts)を迎えて三管のフロントラインにしている。この
"サーモン!"と同日録音の"ハウス・パーティー"というアルバムもあり、どちら
もメンバーを入れ替えながらアルバムタイトルどおりにブルーノートのオールス
ター・ジャムセッションとなっている。自ら「オクラホマ・ファンク」と名付け
たというスタイルはパワフルかつソウルフル、アーメン物というかゴスペル物と
いうか、この手のジャムやライブで際立っている。サーモン(sermon)とは「説教」
のこと、「説教師・伝道師」をプリーチャー(preacher)といい、ホレス・シルバ
ーの「the Preacher」が初期のトリオ[ソーネル・シュワルツ(g)、ドナルド
・ベイリー(ds)]でのライブアルバム"the Incredible Jimmy Smith at Club
Baby Grand"に収録されていてこれもハイテンションでグルービー。なるほど、
これはインクレディブル。
The Sermon! / Jimmy Smith

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ソニー・ロリンズ / Old Devil Moon

モヒカン刈りというのを初めて知ったのはソニー・ロリンズのヘアスタイルから
だった。アフロヘアが当たり前になるずっと前で、マイノリティとしてのネイテ
ィブインディアンへのシンパシーを衝動的に表現したようだ。日本にも感じると
ころがあるのか、今年も10月に来日公演が予定されているソニー・ロリンズは、
まさに21世紀に生きる伝説の巨匠といっていい。チャーリー・パーカーやファ
ッツ・ナバロとも共演し、バド・パウエルらに可愛がられ、クリフォード・ブラ
ウンに誘われ、ローリング・ストーンズやブランフォード・マルサリスに慕われ、
そのキャリアは60年を超える。絶えざる努力の人というべきジョン・コルトレー
ンと比べて天才肌のロリンズは何度かの雲隠れが有名で、ヨガや座禅など精神修
養を遂げて脱皮し蘇生するかのようにカムバックを果たしている。革新的な音楽
理論を構築するわけでもなく、職人的なテクニックを磨き上げるわけでもなく、
いつもパワフルなロリンズのプレイは内面的な直観と集中力に裏付けされていた
のだ。"サキソフォン・コロッサス"「St. Thomas」のカリプソが印象深いロリン
ズだが、ブランフォードの"トリオ・ジーピー"を聴いてロリンズはピアノレスト
リオにおいてバップの伝統を豪快かつ奔放に体現したことを再確認した。"ウエ
イ・アウト・ウエスト"はレイ・ブラウン(b)にシェリー・マン(d)、"ヴィレ
ッジ・ヴァンガード・ライブ"はウィルバー・ウェア(b)にエルビン・ジョーン
ズ(d)、単調に思う編成がロリンズのブロウを引き立てている。
Night at the Village Vanguard / Sonny Rollins

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ミシェル・ペトルチアーニ / To Erlinda

 暑い夏の日の金沢(北陸K市)を舞台にした恩田陸のミステリー作品"ユージニ
ア"には「21世紀を見ることなく逝ったM・Pに捧ぐ」と記されており、この
M・Pというのはイタリア系フランス人ピアニストのミシェル・ペトルチアーニ
のことで、タイトルの "ユージニア"も彼の曲に因んだものだが実はペトルチア
ーニの奥さんの名前でもある。ペトルチアーニはグラスボーンという遺伝性疾患
で足の骨が弱くてピアノのペダルにも届かず、身長は1メートルほどながら手は
充分に大きくピアノを弾くために生まれてきたとまで言われる。医者からは体質
上20歳までの寿命と告げられながらも、18歳のデビューから1999年に3
6歳で他界するまで、告知を裏切るかのような十数年のうちに多くの曲と演奏を
残している。彼の人生はその明晰な演奏と同じように肯定的で充実しており、没
後はフランス人ピアニストとしてショパンの墓の隣に葬られたという。84年に
は既にアメリカに渡っており、ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードでは伝
説的なビル・エヴァンスのトリオに迫るかのようなレコーディングを果たした、
そのドラムはビル・エヴァンス・トリオで4年間プレイしたエリオット・ジグム
ント、ベースはキース・ジャレットのヨーロピアン・カルテットに加わっていた
パレ・ダニエルソン、曲はエヴァンス・ライクなマイルスの"ナルディス"ロリン
ズの"オレオ"と徹底している。カバーのほかオリジナルも多く採り入れており、
長尺"エルリンダ"はペトルチアーニの最初の奥さんの名前のようだ。
Live at the Village Vanguard / Michel Petrucciani

トニー・ウイリアムス.jpg

トニー・ウィリアムス / ラブタイム

 夏は太鼓の季節。延々と続く夏の祭り太鼓も屋外ライブのドラムソロも退屈す
ることがない。ライブが録音とこんなにも違うのは直に体から伝わる音があるか
らだ。マイルの曲をどんどんスピードアップし電化大音量化したトニー・ウィリ
アムスは、確かに最強のドラマーとして常にバンドを熱くした。しかし、自己の
バンドはタイトで過熱しない。多彩で自由ではあってもフリーとジャンル分けさ
れると違和感があるし、パワフルなビートで煽り立ててもロックとの距離感は縮
まらない。トニーにとって"ライフ・タイム"に続く第二作目リーダーアルバムで、
マイルス "プラグド・ニッケル"ライブ前の65年夏というこの時代、サム・リ
バース(ts)、ゲイリー・ピーコック(b)というフリーを予断させる編成はウェイ
ン・ショーター(ts)、ハービー・ハンコックを加えて絶妙のバランスを保ってい
る。トニーにとって師匠であるリバースを迎えたのは義理堅さかルーツの深さか、
あるいは本当に新旧マイルス・バンドのテナー二本を揃えただけか、そうならば
ベースのピーコックの存在がバンドのキーになる。ピアノ・トリオならトニーと
ハービーにロン・カーター(b)なのだろうが、ここで変幻自在のピーコックはハ
ービーとリバースをつなぐ役割を担い、何よりマイルス・バンドのピックアップ
・メンバーとして一線を画し差別化に成功したようだ。
Spring / Anthony Williams