このアルバム、この1曲/浦島五月 vol.5

このアルバム、この1曲  浦島五月(文) 2010.5.21

kazunoritakeda-gentlenovember.jpg

It's Easy To Remember 武田和命

 一度だけだが西部でライブを聴いたことがある。どこか不器用で堂々としたマ
ルチリード奏者という印象。テナーサックスだけでなくバスクラリネットも奏り、
ドラムは豊住芳三郎だったか古澤良治郎だったか。凄い人だったそうだ。私が聴
いたのは暫らく引退した後このアルバムを出す前ぐらいの時期で、別人のような
落ち着きがあった。
このコルトレーンライクなバラード集は79年の録音で、活動を再会した武田和
命の初リーダーアルバムになる。ピアノの山下洋輔は自分たちのトリオには歌う
ところが欠けているというが、私には森山威男のドラムがいつも歌っているよう
に聞こえた。ここでは沖縄出身のベーシスト国仲勝男の潮のような速度に支えら
れて、存在感のある武田のテナーサックスが歌心を感じさせる。武田は1989年8
月18日、食道ガンのため49歳で亡くなった。
Gentle November /武田和命

Chris_Connor_This_Is_Chris.jpg

クリス・コナー/ I Concentrate On You

 "スイングガールズ"は見ていないのだが、ジャズシンガーの映画かと思った。
それだとシュプリームスの"ドリームガールズ"になりそうだ。ジャズボーカルと
いえばビッグバンドをバックに堂々として体躯ごと鳴り響くというイメージがあ
る。一方では、このクリス・コナーのようにハスキーな声でクールに歌い上げる
と、女性シンガーとしてピタリと決まる。派手なアドリブがなくてもポピュラー
ソングと一線を画している。やはり、27年生まれの白人スイングガールだ。大
学ではクラリネットを学びながら歌手を目指していたという彼女は自身のボーカ
ルをスタイリッシュにコントロールできるのだろう。このアルバムではトロンボ
ーンのJ.J.ジョンソンとカイ・ウィンディング、ハービー・マン(fl)、ミルト・
ヒントン(bs)を擁するラルフ・シャノンのグループでコール・ポーターの曲を4
曲も歌っている。ただ、何度聴いてもJ.J.ジョンソンとK.ウィンディングのパー
トが分からない。
  This Is Chris / Chris Connor 

thisishonda1.jpg

朝日の如くさわやかに(Softly As In A Morning Sunrise) 本田竹広

 タケヒコ・タケヒロ・タケヒコだったかタケヒロ・タケヒコ・タケヒロだった
か、聴くたびに名前が変わっていた。まだアフロではなく、こわそうな髪を後ろ
で編んで渡辺貞夫のグループなどでもプレイしていた頃だ。タッチが強く、時に
はハードなプレイでピアノの弦を切ったそうだが、本田竹広といえば伝説的に"
ソフトリー"ということになっていた。そこには、スタンダードをやっていて日
本のジャズを感じさせる面白さがある。東洋風・日本風のアレンジを施したわけ
でないから、これは鈴木良雄(b)・渡辺文男(d)のトリオの存在感なのだろうか。
この流れで井野信義(b)・森山威男(d)のスタンダード"My Funny Valentine""In
a Sentimental Mood"も聴きたい。寂しいことに、彼が他界して3年になる。二
度にわたる脳梗塞からの再起と、親子三代コラボともいうべき「ふるさと」(父
の歌:宮古高校校歌)は辛い。
This Is Honda / T.Honda 

elvis-howgreatthouart.jpg

涙のチャペル(Crying in the Chapel) エルビス・プレスリー守唄

 本棚には片岡義男の「ぼくはプレスリーが大好き」という古い文庫本があって、
そこにはエルビス・プレスリーが双子だったことが書かれている。この南部育ち
の白人少年は小さな頃から聖歌隊でゴスペルを歌い母親の誕生日プレゼントに1
枚のシングル盤をカットしたことなども記されているが、プレスリーのことだけ
を書き綴ったものではなく、著者が同時代的感覚でエルビスに目覚めてロックか
らブルースを選び取る過程が面白い。彼によるとR&Bのホワイト・カバーとニグ
ロ・オリジナルの世代的空白を自然に満たしたのが1956年のプレスリーであり、
いつまでも売れ続けるのがゴスペルを歌う好青年プレスリーということになる。
ビートルズのレコードは全部買ったというエルビスに「あなたのレコードは一枚
も持っていない」とジョンは応えたそうだが、エルビスのデビュー曲"That's
All Right Mama"はビートルズも録音している。そして、この文庫本に片岡義男
は"ビートルズはつまらない"という一節を設けている。
 How Great Thou Art / Elvis Presley

essential.jpg

Right Off ジョン・マクラフリン

 マイルスからの要求は"ジミ・ヘンドリクスみたいに弾いてくれ"、だったそう
だ。でも、まさか"マハビシュヌ"・ジョン・マクラフリンがジミヘンそっくりに
ブルースをプレイする筈もない。むしろ、後にフュージョンと呼ばれるスタイル
を遥かに凌ぐ演奏を聴くことができ、マクラフリン自身のグループにも退けはと
らない。この時期、マイルスのバンドからピアノが消えていくが、ここではハー
ビー・ハンコックがオルガンを担当しマイケル・ヘンダーソンのベースとともに
マクラフリンを引き立てている。
 ジャック・ジョンソンは両親とも元アメリカ奴隷で、1908年に初めてヘビ
ー級タイトルを獲った黒人ボクサー。話題が多く、タイトル獲得時にはアメリカ
各地で黒人の暴動が発生したとか、コットンクラブのオーナーだったとか、二人
の白人女性と結婚したことから一時はリンチを避けるため国外へ逃れたとか、モ
ハメッド・アリにも大きな影響を与えている。このジャック・ジョンソンをテー
マとしたドキュメンタリーフィルムのサウンドトラックとして制作されたのがこ
のアルバムなのだが、その映像は見たことがない。
A Tribute To Jack Johnson / Miles Davis

monk-aloneinsanfrancisco.jpg

ルビー,マイ・ディア(ruby my dear) セロニアス・モンク

 久しぶりにモンクの曲をたっぷりと聴いた。ベン・ライリー率いるピアノレス
のモンク・レガシー・バンドはベースにキャメロン・ブラウンを擁し、独特のグ
ルーブ感を醸しながらおなじみのモンクナンバーをモンク抜きで次々と披露した。
現役時代からバップの高僧と言われ奇人変人と伝えられるモンクを体感的に承継
したバンドというべきか。
セロニアス・モンクに限らずピアニストはコンボを組んだ時とソロの演奏とでは
大きくアプローチを変えるようだ。トレーンやロリンズに限らず相性のいいサッ
クスプレイヤーを得てサイドに回ると妙にフロントラインを引き立てる。ベイシ
ーもそうだがモンクもわずかの音でバンドを引き締めていて、ドライブするバン
ドに乗りながらのソロパートはパーツとしてのソロであり、ピアノのソロ演奏は
一人編成の楽団のように聞こえる。自作の曲を繰り返し吹き込んでいるモンクに
はソロアルバムも数作あり、ピアニストとして名手とは言い難くコンポーザーと
も言い難いモンクのソロを聴くことができる。
Thelonious Alone in San Francisco / Thelonious Monk

kikuchi.jpg

ホロー・アウト (Hollow Out) 菊地雅章

年金関連施設の売却が進みこれまで親しんできた厚生年金会館も役割を終えたよ
うだ。昭和の時代、地方の施設の中で音響設備は抜群だった。せり上がった後方
席から覗き込むステージも面白かった。仕事帰りに遅れて入ったコンサート、ボ
ーカリストとしては小柄に見えた笠井紀美子が両足を踏ん張り反り返って歌うと
上から見下ろす視線が一致した。映画「ヘアピンサーカス」より少し後の頃だっ
たろうか。
原作者が五木寛之というこの映画のキャストには笠井紀美子の名があがっていて、
音楽は日野元彦d.・峰厚介ss.を擁する菊池雅章セクステットということなのだ
が、今やカルト化しているようだ。フュージョンの時代で菊池もエレピを使って
いたせいか映像の記憶がなく眠さだけを思い出す。菊池は渡辺貞夫・日野皓正に
並ぶビッグネームで、海外の大物との共演も多くギル・エバンスやマイルス・デ
イビスらとレコーディングしている。「ヘアピン」の頃は峰との組合せもいいし、
渡米中にエルビン・ジョーンズd.とジーン・パーラb.とのトリオで録音された"
ホロー・アウト"もエルビンがデリケートに聴こえて面白い。
Hollow Out / Masabumi Kikuchi=Elvin Jones

kay-akagi-modernivory.jpg

イスファハン(Isfahan) ケイ赤城

 ずっと流行りの女性ピアニストと思い込んでいた。実はビッグネーム。リーさ
んから冬休みの宿題みたいに数枚のCDが届いて、初めて日本人でマイルスのバ
ンドにレギュラー・ピアニストとして在籍していたことを知った。大西順子、国
分弘子、山中千尋、岩瀬晶子、木住野佳子、上原ひろみ、白崎彩子、早間美紀、
まだまだいる。ニューヨークで活躍する日本人ピアニストは何で女性ばかりなの
かと不思議だったが、その中にケイ赤城を入れてはいけなかったのだ。1953年仙
台生まれクリーブランド育ち、父は牧師で彼は大学教授を目指し、今はカリフォ
ルニア大アーバイン校の講師ということだ。
 "Playing The Legends of Piano"とサブタイトルがつけられたこのアルバムに
は、ハービー・ハンコック、マッコイ・タイナー、デューク・エリントン、セロ
ニアス・モンク、ビル・エバンス、チック・コリア、ホレス・シルバー、といっ
たピアニストのカバーが集められている。彼の言葉によると、未だ恐れを知らぬ
十代の自己形成期に熱中したピアニスト達の音楽は「問い」であり、自らの語り
口を得て「答え」を返すことがミュージシャンの責任なのだという。高僧の名を
讃え拠所を詳らかにして信仰を確かにする経典のような落ち着きがある。晩年も
マイルスは音楽的に安住を許さなかったそうだが、エリントン・ナンバーはビュ
ンビュン飛ばすより脂汗が滲むようなミディアムスローがファンキーでいい。
Modern Ivory / Kei Akagi Trio

davidmurray-sweetandlovely.jpg

Coney Island デイビッド・マレイ

 雰囲気がジャズになっている。ワインディングロードを単車でトレースするよ
うな心地よい緊張感と、期待を裏切ることのないコーナーの先の展開にスリリン
グな安心感すらある。フリーだ、ロフトだ、パワーだ、テクだ、…というよりも
そこを通り抜けたゆとりだろうか。76年のデイビッド・マレイ初リーダー・ア
ルバム"フラワーズ・フォー・アルバート"はアルバート・アイラーが原点である
ことを示唆するが、それ以来、ソロにコンボにビッグバンドと正体をつかみきれ
ないほど様々のフォーマットのバンドを編成して演奏を繰り返している。ジョシ
ュア・レッドマンやブランフォード・マルサリスなどと比べると若くも新しくも
ない。それでもそのスタートに於いて既に新しい伝統を切り拓いているかのよう
な重みを感じる。このアルバムはデビュー以来その後も重要なポジションを担う
フレッド・ホプキンスがベースでドラムはスティーブ・マッコールからなるピア
ノレストリオによる79年ミラノ収録のブラックセインツ盤。タイトルの"Sweet
Lovely"からはDIW盤のようなバラードプレイを想像するが、強靭なテンポで
フリークトーンがブリブリと炸裂する。このサウンドに似合うとは思えないジャ
ケット写真はミング夫人か。
Sweet Lovely / David Murray Trio