このアルバム、この1曲/浦島五月 vol.3

このアルバム、この1曲  浦島五月(文)

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レッド・ガーランド C Jam Blues

アムステルダムの絵葉書が気に入り、投函するのが惜しくなって、そのままどこ
かにしまってあるはずだ。休館中の美術館に向かう途中にある落書きされた倉庫
の壁がそのまま絵葉書になっていた。レッド・ガーランドのピアノ・トリオのよ
るこの古いアルバムのポップなジャケットがその絵葉書の街を想い出させる。オ
ランダ植民地時代にはニューヨークはニューアムステルダムと名づけられたそう
だから、この街の壁の落書きには通じるところがあるのかもしれない。

"Cジャムブルース"から始まるアルバムは小粋にまとまっていてガーランドらし
い。どこにも大げさなところがなくてカクテルピアニストと呼ばれることもあっ
たのだろうが、全てに"グルービー"なところが彼のピアニストとしての在り方で
あり親しまれるところだ。この時期のプレスティジにはやたら多くの吹込みをし
ていて、このP.チェンバース(b)とA.テイラー(d)のトリオだけでも「A Garland
Of Red」「Red Garland's Piano」「All Kinds Of Weather」「Can't See For
Lookin'」、別編成のトリオ、マイルスやコルトレーンとの録音も残っている。
Groovy / Red Garland

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アンソニー・ブラクストン  身も心も (Body and Soul)

ジョン・ケージやシュトックハウゼンという現代音楽の巨匠の名前を知ったの
は、アンソニー・ブラクストンの奇妙なソロアルバム"フォー・アルト"を通じて
のことだった。「インチキ臭い」とまで言われるほどにケレン味が利いた印象を
受けるのは、ブラクストンの演奏にいつもは耳にすることのない現代音楽の影響
がちらついているせいなのかも知れない。しかし、一方で彼はメインストリーム
でないとはいえシカゴ派フリージャズの流儀でブルースとバップの伝統を受け継
いでいることも確かだ。
 このスタンダード集"In The Tradition Vol1&Vol2"は病気でレコーディン
グできなくなったデクスター・ゴードンts.に代わって急遽ブラクストンが入っ
て吹き込まれたとのことで、迎えるテテ・モントリューp.ニールス・ペデルセン
b.アルバート・ヒースds.というヨーロッパの一流リズム陣もブラクストン向け
ではない。突然の客人を快く受け入れて上手にもてなしたということか。チック
・コリア(p)と組んだ短命バンド"サークル"のような無理を感じない。タイトル
通りトラディショナルなフォーマットで、力むこともなく媚びることもなく、タ
イトなリズムに乗せてスタンダードナンバーを少しフリーなスタイルで蘇らせて
いる。
In The Tradition / Anthony Braxton。

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レスター・ヤング レディ・ビー・グッド(Lady Be Good)

生誕100年、没後50年。飛行機嫌いで鉄道派だったデューク・エリントン
の音楽に駅を発つ蒸気機関車のイメージが重なるのと同じようにレスター・ヤン
グの音には街を行き交う乗用車を想わせるところがある。鉄路を駆ける力強さよ
りハンドルさばきの軽妙さを感じる。クールでスムーズなレスターのフレーズは
コールマン・ホーキンスのスタイルが主流の30年代には異端でありながら、彼
が在団した時期はベイシー楽団のひとつのピークであり、彼を"プレス"と呼んだ
ビリー・ホリデイからは音楽的共感をもって同居を受け容れられ、若き日のチャ
ーリー・パーカーはこのアドリブを完璧にコピーしたという。レスターの早回し
はパーカーであり、チャーリー・クリスチャンもまたレスターにインスパイアさ
れたというのだから、レスターはバップの源泉ということにもなる。しかし、自
身のスタイルを完成していたレスターはバップにはさほど関心がなく、"クール"
スタイルが注目された頃には既に往年の輝きを失っていた。身も心も病んだレス
ターが世を去って4ヶ月後には"レディ・デイ"ビリー・ホリデイもまた他界して
いる。
Lester Young Memorial Album / Lester Young

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オーネット・コールマン Humpty Dumpty

こんな写真を撮ってみたいと思う。この頃、「ジャズの10月革命」と言われ
るほどオーネット・コールマンの音楽は衝撃的だったのだろうが、今はその内容
以上にジャケット写真が挑発的に映る。伝説的なデビュー作"ロンリー・ウーマ
ン(the Shape of Jazz to Come)"と同時期、ドラムのビリー・ヒギンズがエド・
ブラックウェルに入れ替わったほかは同じメンバーによる吹き込みで、時代を経
て聴いてみると既にお馴染みのオーネットそのものだ。むしろ、この人は時代の
流れにかかわらず何も変わっていないのではないかと思う。特徴的なのはドン・
チェリーで、後の"ミュー"二部作のようなフォークロアとオーネットの一見シン
プルな音楽の絡みが未来的だ。ただ、影響力が大きく天才的ではあっても、周囲
が騒ぐほどに前衛的だったり革命的だったりということでなく、バップでもモー
ドでもなく自分たちの流儀で "Our Music"が成り立っている。写真は左から、ド
ン・チェリー(tp)、エド・ブラックウェル(ds)、オーネット・コールマン(as)、
チャーリー・ヘイドン(b)。
This is Our Music / the Ornette Coleman Quartet

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デューク・エリントン クレオール・ラヴ・コール(Creole Love Call)

トランペットのミュートともボーカリストのスキャットとも定まらないサウン
ドで映画「コットン・クラブ」のステージに引き込まれてしまった。この映画で
デューク・エリントンは周囲から尊敬の眼差しを集める別格の存在として描かれ
ている。半世紀にわたって一流ミュージシャンを擁したビッグバンドを運営でき
たのはその風格によるとも思える。"私の楽器はオーケストラだ"と言うエリント
ンには人材をスカウトしてそのタレントを育成しつつ引き離さない才能があった
ようだ。
 エリントン楽団は同一曲を繰り返し何度もレコーディングしているが、その時
代その時代を反映して常に新鮮さを失わない。特にこの"ポピュラー"はバンドの
スタンダード集的な選曲の中で、合衆国60年代における人種差別に対する姿勢を
窺わせるアレンジが施されたアルバムと言われている。楽団史上最強の編成とさ
れる40年のファーゴでのライブと比べても、これまでとは違う希望と力強さを感
じさせるのがこの時代なのだろうか。
The Popular Duke Ellington / Duke Ellington and His Orchestra